創業40年の製麺所の社長から、こんな話を聞くことがあります。
息子さんは県外で別の仕事に就いていて、戻ってくる気配はない。
従業員のひとりに継いでもらえないかと考えてはいるが、会社の値段の付け方も、手続きの進め方も分からない。
専門家に相談すれば数百万かかると聞いて、そこで止まってしまった——。
「そろそろ考えないと」と思いながら5年が過ぎる、というのは決して珍しいことではありません。
専門家に払う費用には、国と大分市の両方に補助制度があります。
ただし規模も手続きの重さもまったく違うので、自社がどちらを使う話なのかを先に見極めるのが近道です。
国の「事業承継・M&A補助金」は十六次公募が2026年10月2日に始まり、締切は11月6日17時。
この記事では4つの枠を整理したうえで、大分市の制度との使い分けと、見出しに出てくる「最大2,000万円」の正体をお伝えします。

事業承継・M&A補助金(国)の4つの枠
この補助金は、何にお金を使うかで枠が分かれます。
| 枠 | どんな場面で使うか |
|---|---|
| 事業承継促進枠 | 親族内承継・従業員承継を機に、設備投資などを行う |
| 専門家活用枠 | M&Aの仲介・FA(ファイナンシャルアドバイザー。譲渡の助言役)や調査に専門家を使う |
| PMI推進枠 | M&Aが成立した後の経営統合(PMI)を進める |
| 廃業・再チャレンジ枠 | 譲り渡せず廃業する際の費用をまかなう |
十六次公募のスケジュール
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2026年10月2日(金) | 公募申請受付開始 |
| 2026年11月6日(金)17:00 | 公募申請締切 |
| 2026年12月下旬 | 採択通知 |
| 2027年1月下旬〜 | 交付申請・交付決定(=補助事業の開始) |
| 交付決定日から14か月以内 | 補助事業期間 |
申請は電子申請(jGrants)のみで、GビズIDプライムというアカウントが必須です。
取得に2〜3週間かかるため、未取得の方はここから始める必要があります。
事業承継促進枠のしくみ
親族や従業員に引き継ぐ場面で使う枠です。補助下限額は100万円、上限は800万円(一定額以上の賃上げを実施する場合は1,000万円)。
小規模事業者に該当すれば、800万円までの部分の補助率が2分の1から3分の2に上がります。
押さえておきたい条件が3つあります。
- 公募申請前に、認定経営革新等支援機関から事業承継計画の確認書の発行を受ける必要があります
- 公募申請期日から5年後(2031年11月5日)までに事業承継を完了させること。未完了なら補助金の返還が必要です
- 付加価値額(営業利益+人件費+減価償却費)または1人当たり付加価値額の伸び率が年3%以上となる計画であること
なお、経営権と所有権のどちらの移転も伴わない「代表者の交代だけ」の承継は対象外です。
株式や持分が動かない形式的な交代では使えません。
「最大2,000万円」の正体

この補助金を紹介する記事は、たいてい見出しに「最大2,000万円」と置いています。
結論から言うと、大分の小規模事業者にとっては別世界の数字です。
2,000万円が出てくるのは、専門家活用枠の「買い手支援類型(I型)100億企業特例」だけです。
通常の買い手支援類型の上限は600万円で、特例には次の要件が加わります。
- 公募申請時までに「100億宣言」がポータルサイトに公表されていること
- 経営資源の引継ぎに際して買い手が売り手に支払う最低譲渡価額が5億円以上であること
- 売り手の従業員の雇用を3年間維持すること
- M&Aのシナジー効果とその根拠を整理して提出すること
譲渡価額5億円以上という条件で、大半の案件は外れます。
100億宣言そのものについてはこちらの記事で解説していますが、売上高100億円を目指す企業向けの制度です。
現実的に見るべき上限額
専門家活用枠の実際の姿は次のとおりです。
| 類型 | 補助下限額 | 補助上限額 | 補助率 |
|---|---|---|---|
| 買い手支援類型(I型) | 50万円 | 600万円 | 3分の2以内 |
| 売り手支援類型(II型) | 50万円 | 600万円 | 2分の1以内(※) |
| 小規模売り手支援類型 | なし | 450万円 | 3分の2以内 |
| 買い手支援類型 100億企業特例 | 50万円 | 2,000万円 | 1,000万円までは2分の1、超過分は3分の1 |
※直近期の営業利益率の低下や、営業利益(経常利益)の赤字など一定の条件に該当する場合は3分の2以内に引き上げられます。
デューデリジェンス(DD。譲り受ける会社のリスクを調べる調査)費用や廃業費の上乗せもありますが、適用条件が細かいので公募要領でご確認ください。
買い手支援類型では、補助対象経費に計上するかどうかにかかわらずDDの実施自体が必要です。
小規模な会社が現実的に使えるのはどれか
表の中で注目していただきたいのが、小規模売り手支援類型の「補助下限額なし」です。
補助下限額という「足切り」
補助下限額は、申請の足切りとして働きます。
多くの枠には50万円または100万円の下限があり、これを下回る申請は受け付けられません。
補助率3分の2で下限50万円なら、75万円以上の経費を使う前提の案件でなければ対象にならないということです。
小さな譲渡案件では、専門家費用がこの水準に届かないこともあります。
下限がないのは小規模売り手支援類型だけ
4類型のうち、補助下限額が設定されていないのは小規模売り手支援類型のみです。
つまり小口の譲渡でも申請できます。
対象は、事業を譲り渡す予定の小規模事業者等。従業員数が製造業その他で20人以下、商業・サービス業で5人以下、宿泊業・娯楽業で20人以下という定義です。
大分県内の事業者で「自分には関係ない規模だろう」と思っていた方こそ、この類型が該当する可能性があります。
なお、この類型は売り手支援類型(II型)と同一の公募回では併願できません。
どちらで出すかを先に決める必要があります。
補助事業期間内にクロージング(契約の履行)まで至らなかった場合は補助上限額が50万円に変更されますが、着手金・システム利用料・DD費用は対象経費として認められます。
よくある誤解 — 仲介の成功報酬は補助されないのか
「M&Aの仲介手数料や成功報酬は補助対象外」という説明を見かけますが、専門家活用枠については正しくありません。条件を満たせば対象になります。
専門家活用枠は条件付きで対象
公募要領は、M&A支援機関登録制度に登録された専門家への支払いについて、相談料・着手金・リテーナー費用・基本合意時報酬・成功報酬・価値算定費用・DD費用などを補助対象の委託費として挙げています。
成功報酬が対象になる条件は次のとおりです。
- 選任した専門家と契約書を締結していること
- 交渉相手と最終契約書を締結すること(仲介業者との契約書に「最終契約書締結時に成功報酬を支払う」旨の記載があること)
- これらと支払いが、すべて補助事業期間内に行われていること
そして最も注意すべき点がここです。
公募要領は、仲介・FA業務に関する専門家との委託契約は交付決定日以降に締結する必要があるとしています。
公募要領の該当可否の一覧でも、専門家契約・最終契約・成功報酬の支払いのすべてが補助事業期間内に収まるケースだけが「対象」で、専門家契約だけ期間前に済ませていたケースや、支払いが期間終了後になったケースはいずれも「対象外」と整理されています。
十六次公募の交付決定は2027年1月下旬の予定です。
つまりすでに仲介会社と契約している案件には使えません。
これから専門家を探す段階の方にとっての制度、という理解が正確です。
PMI推進枠の事業統合投資類型は対象外
一方、PMI推進枠の事業統合投資類型では、M&A仲介手数料・DD費用・M&Aコンサルティング費用・PMI専門家への手数料はいずれも対象外と明記されています。
こちらは工場や製造ラインの統合に係る設備投資を支援する類型で、専門家費用は見てもらえません。
枠によって扱いが逆になるため、「M&A費用は補助される/されない」という一般論で判断すると事故につながります。
判断に迷う場合は、契約を結ぶ前にご相談ください。
国と大分市、どちらを使うか
大分市にも事業承継を支援する制度があります。
性格がかなり違います。
| 国(事業承継・M&A補助金) | 大分市(事業承継等支援事業) | |
|---|---|---|
| 補助上限 | 450万〜600万円(特例は2,000万円) | 50万円 |
| 補助率 | 2分の1〜3分の2 | 3分の2 |
| 受付 | 公募回ごと(十六次は10/2〜11/6) | 通年。予算到達で締切 |
| 申請 | jGrants(GビズIDプライム必須) | オンライン・窓口・郵送 |
| 前提 | M&A支援機関登録制度の登録業者(専門家活用枠) | 大分県事業承継・引継ぎ支援センター等の支援を受けること |
使い分けの目安はこうなります。
専門家に数十万円を払って相談から始めたい段階なら、大分市の制度のほうが手続きが軽く現実的です。
譲渡の実行まで進み、仲介やDDに数百万円かかる見通しが立った段階で国の制度、という順序が自然でしょう。
大分市の制度はこちらの記事で詳しく解説しています。
併用はできるのか
公募要領には2つの規定があります。
ひとつは「国(独立行政法人を含む)の他の補助金、助成金等を活用する事業」は対象外という規定。
もうひとつは、同一の補助対象経費について自己負担分を超えて交付を受ける場合は対象外という規定です。
前者が排除しているのは明示的に「国」であり、市町村の補助金はこの文言の射程に入っていません。
ただし後者が別途かかるため、併用する場合も同一の経費について自己負担を超える上乗せはできません。
これは要領の文言からの読み取りで、事務局の公式見解ではありません。
併用を前提に計画を立てる場合は、必ず双方の事務局へ照会してください。
申請の前にやっておくこと
補助金の話より先に決めるべきことがあります。
順序はこうです。
- 誰に、いつ引き継ぐかを決める。ここが決まらないと、どの枠を使う話なのかも決まりません
- 支援機関に相談する(大分県事業承継・引継ぎ支援センター、商工会議所など)
- GビズIDプライムを取得する(2〜3週間)
- 依頼しようとしている仲介会社がM&A支援機関登録制度の登録業者か確認する。専門家活用枠では登録業者への支払いのみが対象です
- 委託契約はまだ結ばない。交付決定日以降に締結する必要があります
採択率の実績
採択の見通しについて、十五次公募では551件の申請に対し338件が採択されています(公表値からの単純計算で61.3%)。
枠ごとの採択率も6割前後です。
ただし公募回によって変動しますので、通りやすい制度と決めつけずに計画の中身を固めてください。
まとめ
- 国の事業承継・M&A補助金は十六次公募が2026年11月6日17時締切。4つの枠があり、何にお金を使うかで選びます。申請にはGビズIDプライム(取得に2〜3週間)が必要です
- 見出しに出る「最大2,000万円」は、100億宣言と譲渡価額5億円以上を要件とする特例の数字です。現実的な上限は450万〜600万円。小規模事業者が譲り渡す側なら、補助下限額のない小規模売り手支援類型が使えます
- 仲介の成功報酬は専門家活用枠では条件付きで対象になりますが、委託契約を交付決定日以降に結ぶ必要があります。すでに契約済みの案件には使えません
制度の内容は公募回によって変わります。
申請にあたっては必ず事業承継・M&A補助金の公式サイトで最新の公募要領をご確認ください。
事業承継は、補助金を取ることがゴールではありません。
誰にどう引き継ぐかの整理が先で、制度はそれを後押しする道具です。
当事務所では、承継の進め方の整理から制度選びまでご相談をお受けしています。
申請前の疑問に無料でお答えします。
コメント